MAD PROFESSOR x ROB SMITH x ALPHA (2004)

↑M.PROFESSORによる“Dub U Crazy”サイン入レコード
04年8月、同時期に来日していたMAD PROFESSOR/ROB SMITH/ALPHA(CORIN&ANDY)鼎談の様子です(質問:E-JIMA)。80年代初期の英国のシーンなどにも触れています。
――ALPHAとMAD PROFESSORが会うのは今日が初めてですか?
A (ANDY JENKS / ALPHA):彼がブリストルにライヴをしにやって来るときは、よく観に行ってたよ。セント・ポールズのカーニヴァルだとか、THEKLA、BLUE MOUNTAINとかね。
――MADのどの作品が好き?
C (CORIN DINGLEY / ALPHA):よく知っているよ。昔からたくさん聴いていたから、どれかは選べないよ。
A:『DUB ME CRAZY』シリーズとか、MADはとにかく作品が多いからね。
――実際に会うのは初めて?
A:そうだね。ROBと話してたんだけど、CARLTONのリミックス(「COME ON BACK」1990:写真)をMADがやった時に知って……でも、会うのは初めてです(緊張気味)。
――ROBが(SMITH & MIGHTYでプロデュースしていた)CARLTONのリミックスを彼に頼んだ理由は何だったの?
R (ROB SMITH):その曲のベース・ラインがクラシックなレゲエのベースを引用してたんだ。メジャー・レーベルとのディールを初めてした頃で、ようやくお金をかけて大好きだったMADと仕事をすることが出来たんだよ。
――確かに良いリミックスですよね。ところでMADはSMITH & MIGHTYのことは知っていた?
M (MAD PROFESSOR):ああ、知っていたよ。「WALK ON BY」のカヴァーとかね。イイ曲だったね。
――ROBとMADはその前からの知り合いですよね。いつでしたっけ?
R:83年に初めて会って、84年にはMADのARIWAのスタジオで初めてレコーディングをしたんだ。
――これだよね(RESTRICTIONの12インチを見せる)?
R:ワオ(親指立てる)! そう、コレコレ!
M:あぁ、懐かしいなぁ。(ヴォーカリストGENERALの写真を指差して)彼の弟がCARLTONだったよね。面白いやつだったな。今も元気なのか?
――ROBはなぜARIWAでレコーディングしようと思ったの?
R:ARIWAといえば英国ダブの象徴で、音楽的に凄く勉強をさせてもらってたんだ。特に『DUB ME CRAZY』シリーズでね。MADはエンジニアとしても素晴らしいし、色々と学ばせてもらったんだよ。
――そのレコーディング時に何か特別なエピソードはある?
M:田舎(ブリストル)から多くの人が来たなという感じだったよ(笑)。人種も混ざり合っていて面白かった。その当時のARIWAスタジオは南ロンドンにあって、とにかく汚いスタジオだった。ペッカムという地域だったんだけど、ディープ・ダウン・ペッカムと評されたりして、とにかくラフな場所だった。ゲットーな場所で、スタジオの地下にはに幽霊が居たなんてこともあったさ(笑)。
――83年にMADとROBが出会った頃から、英国ではレゲエとパンクなど、様々な音楽がフュージョンされていきました。MADはパンク・バンドもプロデュースしていたり、ROBもレゲエだけに留まらない音楽活動をしていましたよね。あなたたちにとって、それは意識をしてのものだったんでしょうか、それとも自然な形だったんでしょうか?
R:ブリストル出身だから、レゲエやソウルにジャズ、パンクとか、とにかくいろんな音楽がある環境に育ったんだ。だから、好きな音楽を聴いたり、様々な音楽ビジネスを体験しながら勉強する中で、自分の中ではジャンルがミックスされるのは自然なことだったね。
M:その頃は貸スタジオを経営していたから、いろんなミュージシャンや関係者がスタジオを訪れていて、たくさんの音楽が溢れている環境だったんだ。ヨーデルだったりスティール・ギターのレコーディングなんかもあった(笑)。だから自然だったな。それに、当時のダブは同じ曲の再利用が主だったから、自分なりに、そんなダブに違ったテイストを加えてみたいという思いもあったんだ。スティール・ギターとかね。当時は私も勉強中だったから、“フュージョン”ということに関しては特にオープン・マインドだったんだ。ミクスチャーに対して、ポイントを合わせたり、そのルーツも理解したりね。何でも「ダメだ」と言うことは簡単だけれども、トライしてみるんだ。
C:僕もスタジオで働いていたことがあるんだけど、たくさんのミュージシャンが集まることで、そこに新しいアイデアや発想が生まれたりするんだよね。
――ALPHAのふたりは83~84年頃はどんな音楽を聴いていて、いつMADの音楽と出会ったの?
A:23 SKIDOOとか、パンクにはまっていたんだけど、その時期はちょうどレゲエに出会った頃かな? THE CLASHとかからレゲエに興味を持ったっていう感じかな。当時、レゲエは自分の聴くものではないと思っていたんだけど、自然に惹かれていったんだ。MADの音楽とは自然と出会ったし、だから覚えてないんだよね。
C:僕の場合は、小さい頃にオルタナティブな物にはまっていたんだけど、学校で「オマエは変な音楽ばっかり聴いてる」ってバカにされたことがあるんだよね(笑)。THE BEATLESとかも聴いてんだけどね。

――MADもブリストルにはよく行っていると思うけど、どんな印象?
M:美しい街だね。昔、BLACK ROOTSっていうレゲエ・バンドをプロデュースしていたからよく行っていたんだ。ロンドンには無い雰囲気の暖かい街だね。ところでキミはどうしてブリストルが好きなんだい?
――まさに、音楽がミクスチャーされているところ。それから人が暖かいところ。
M:そうだね。それは言えてる。
(質問:E-JIMA)
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A (ANDY JENKS / ALPHA):彼がブリストルにライヴをしにやって来るときは、よく観に行ってたよ。セント・ポールズのカーニヴァルだとか、THEKLA、BLUE MOUNTAINとかね。
――MADのどの作品が好き?
C (CORIN DINGLEY / ALPHA):よく知っているよ。昔からたくさん聴いていたから、どれかは選べないよ。
A:『DUB ME CRAZY』シリーズとか、MADはとにかく作品が多いからね。

A:そうだね。ROBと話してたんだけど、CARLTONのリミックス(「COME ON BACK」1990:写真)をMADがやった時に知って……でも、会うのは初めてです(緊張気味)。
――ROBが(SMITH & MIGHTYでプロデュースしていた)CARLTONのリミックスを彼に頼んだ理由は何だったの?
R (ROB SMITH):その曲のベース・ラインがクラシックなレゲエのベースを引用してたんだ。メジャー・レーベルとのディールを初めてした頃で、ようやくお金をかけて大好きだったMADと仕事をすることが出来たんだよ。
――確かに良いリミックスですよね。ところでMADはSMITH & MIGHTYのことは知っていた?
M (MAD PROFESSOR):ああ、知っていたよ。「WALK ON BY」のカヴァーとかね。イイ曲だったね。
――ROBとMADはその前からの知り合いですよね。いつでしたっけ?
R:83年に初めて会って、84年にはMADのARIWAのスタジオで初めてレコーディングをしたんだ。
――これだよね(RESTRICTIONの12インチを見せる)?
R:ワオ(親指立てる)! そう、コレコレ!
M:あぁ、懐かしいなぁ。(ヴォーカリストGENERALの写真を指差して)彼の弟がCARLTONだったよね。面白いやつだったな。今も元気なのか?
――ROBはなぜARIWAでレコーディングしようと思ったの?
R:ARIWAといえば英国ダブの象徴で、音楽的に凄く勉強をさせてもらってたんだ。特に『DUB ME CRAZY』シリーズでね。MADはエンジニアとしても素晴らしいし、色々と学ばせてもらったんだよ。
――そのレコーディング時に何か特別なエピソードはある?
M:田舎(ブリストル)から多くの人が来たなという感じだったよ(笑)。人種も混ざり合っていて面白かった。その当時のARIWAスタジオは南ロンドンにあって、とにかく汚いスタジオだった。ペッカムという地域だったんだけど、ディープ・ダウン・ペッカムと評されたりして、とにかくラフな場所だった。ゲットーな場所で、スタジオの地下にはに幽霊が居たなんてこともあったさ(笑)。
――83年にMADとROBが出会った頃から、英国ではレゲエとパンクなど、様々な音楽がフュージョンされていきました。MADはパンク・バンドもプロデュースしていたり、ROBもレゲエだけに留まらない音楽活動をしていましたよね。あなたたちにとって、それは意識をしてのものだったんでしょうか、それとも自然な形だったんでしょうか?
R:ブリストル出身だから、レゲエやソウルにジャズ、パンクとか、とにかくいろんな音楽がある環境に育ったんだ。だから、好きな音楽を聴いたり、様々な音楽ビジネスを体験しながら勉強する中で、自分の中ではジャンルがミックスされるのは自然なことだったね。
M:その頃は貸スタジオを経営していたから、いろんなミュージシャンや関係者がスタジオを訪れていて、たくさんの音楽が溢れている環境だったんだ。ヨーデルだったりスティール・ギターのレコーディングなんかもあった(笑)。だから自然だったな。それに、当時のダブは同じ曲の再利用が主だったから、自分なりに、そんなダブに違ったテイストを加えてみたいという思いもあったんだ。スティール・ギターとかね。当時は私も勉強中だったから、“フュージョン”ということに関しては特にオープン・マインドだったんだ。ミクスチャーに対して、ポイントを合わせたり、そのルーツも理解したりね。何でも「ダメだ」と言うことは簡単だけれども、トライしてみるんだ。
C:僕もスタジオで働いていたことがあるんだけど、たくさんのミュージシャンが集まることで、そこに新しいアイデアや発想が生まれたりするんだよね。
――ALPHAのふたりは83~84年頃はどんな音楽を聴いていて、いつMADの音楽と出会ったの?
A:23 SKIDOOとか、パンクにはまっていたんだけど、その時期はちょうどレゲエに出会った頃かな? THE CLASHとかからレゲエに興味を持ったっていう感じかな。当時、レゲエは自分の聴くものではないと思っていたんだけど、自然に惹かれていったんだ。MADの音楽とは自然と出会ったし、だから覚えてないんだよね。
C:僕の場合は、小さい頃にオルタナティブな物にはまっていたんだけど、学校で「オマエは変な音楽ばっかり聴いてる」ってバカにされたことがあるんだよね(笑)。THE BEATLESとかも聴いてんだけどね。


――MADもブリストルにはよく行っていると思うけど、どんな印象?
M:美しい街だね。昔、BLACK ROOTSっていうレゲエ・バンドをプロデュースしていたからよく行っていたんだ。ロンドンには無い雰囲気の暖かい街だね。ところでキミはどうしてブリストルが好きなんだい?
――まさに、音楽がミクスチャーされているところ。それから人が暖かいところ。
M:そうだね。それは言えてる。
(質問:E-JIMA)
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