BRISTOL - MUSIC & CULTURE

 
 

JANINE RAINFORTH (MAXIMUM JOY) interview

MAXIMUM JOY

ボーナス・トラックを追加し世界初CD化となったMAXIMUM JOYのアルバム『STATION M.X.J.Y.』再発記念、ヴォーカルetcの紅一点JANINE RAINFORTHへのインタヴュー(質問:E-JIMA)。なお、このインタヴューを元にして『STATION M.X.J.Y.』封入のライナー・ノーツも執筆しました。
――JANINEはMAXIMUM JOYを始める前はどんな活動をしていたのですか?

学生だったわ、写真を勉強していたの。

――バンドは誰が声を掛けてスタートしたのですか?

当時はブリストルの街の外れに住んでいて、TONY WRAFTERとフラットをシェアしていたの。よく沢山の友人を呼んでパーティしたり、ジャムったりしていたわ。SEAN OLIVERやSIMON UNDERWOODもよく遊びにきていて、バンドを実際に始める前からよく一緒にプレイしていたわ。徐々に私とTONYでバンドのアイディアを考え始めて、DAN CATSIS、CHARLES LLEWELLYN、それとJOHN WADDINGTONが参加したのよ。
バンドを始めた時、私は17歳だったの。ミュージック・ビジネスにすごくショックを受けたのを覚えているわ。

――当初、サウンド面でのコンセプトや、影響を受けた音楽(スタイルやバンドなど)はありましたか?

あったわ。ファースト・シングルの「STRETCH」で作られたもので、その曲は私とTONYで書いたの。この曲でアイディアが具体化していって、できるところまで拡げていったの。物事の表面だけではなく、内面や真下を見る事も大事だということについての曲なんだけど。それとこの曲は、当時の深刻な政治状況についての曲でもあるの。当時はサッチャー政権で、炭坑でのストライキや暴動がロンドンやブリストルでもよく起こっていて、個人の考え方というものはかなり当時のイギリスの状況を反映していたと思う。
影響を受けた音楽は、そうね……ブラック・ミュージックを沢山聴いていたわ。当時はみんなDUG OUTというクラブに行っていたのよ。みんながビールをこぼすからカーペットはべたべたで(笑)。でも音楽は最高で、本当に楽しかったわ。そこで多くの音楽と出会ったから、音楽的にはそこで成長したと言ってもいいかもしれない。
それとジャズとレゲエからも影響を受けたわ。ブリストルにあるブルーズ・クラブにもよく行ったし。最高のレゲエのブルーズ・クラブなんだけど、中に入ってハートでベースを感じるのよ。ハートでというよりむしろ身体全体がベースで震える感じなの。当時は特にひとつのアーティストが好きなのではなく、色々な種類の音楽が好きだったの。FUNKADELIC、THE GAP BAND、JOHN COLTRANE、ALICE COLTRANE、MISTY IN ROOTSとかが好きだったんだけど、ほとんどが黒人のバンドだったわね。白人のバンドも聴いていたけど。例えばHUMAN LEAGUEは当時人気があったし、面白いバンドだったわ。本当に色々なものを聴いていたと思うし、今もそうなのよ。

――パンクやディスコの他にも、ダブや実験音楽からの影響も強いと思いますが、それはブリストルという小さくも多文化な街からの影響はありますか?

そうね、さっき話したようにレゲエのクラブとかDUG OUTによく行っていたことで、様々な文化がミックスしていたのを見ることができたのは事実よ。そういう環境の中で成長していったから影響は必ずあるわね。私はブリストルの中でも黒人のコミュニティのあるエリアで育ったの。今はロンドンに住んでいるんだけど。

――所謂“ポスト・パンク”と呼ばれる音楽の中でも、あなたたちの音楽は他にはない個性的なサウンドだと思います。そういう、他にないサウンドを奏でることは、不安になったりはしませんでしたか?

全くなかったわ(笑)。

――あなたのヴォーカル・スタイルは、MAXIMUM JOYの個性をより際立たせている重要な要素だと思いますが、あなたのそのヴォーカル・スタイルは影響源となるものがあったのですか?

これは難しい質問ね。当時のヘヴィなプロダクションが施されたディスコ、ファンク、それとジャズをよく聴いていたんだけど、もっとありのままのサウンド(naked sound)とでも言うのかしら、そういう音楽もよく聴いていたわ。カラハリ砂漠の部族のヴォーカルがリズミカルな歌い方で気に入っていたの。影響源的なものはファンク、ジャズ、ディスコなんだけど、残念なことに私にはソウルの歌姫のような声はなかったから、自分のありのままの声(naked voice)、ありのままのサウンド (naked sound)を使おうと思って。でも、当時は特にこれといった強い影響はなかったわ。カラハリ砂漠の部族のような、普通とはちょっと違うサウンドを作っていた人達以外はね(笑)。

――当時のブリストルについて、音楽シーンと、街自体の雰囲気について教えてください。

当時はすごく活気に溢れていたし、エキサイティングな時代だったわ。パンクが起こっていたから。パンク・バンドを見るのがすごく楽しかったし、TELEVISIONやIGGY POP、BLONDIEとかTHE CLASHなどのバンドは最高だったわ。私たちのいたシーンはパンクもあったけど、もっとディスコとファンクがあったと思う。THE POP GROUPも出てきて、彼らはシーンとその雰囲気も作っていって、私たちもそのシーンの仲間で、すごくクールだったわ。音楽と政治だけではなくて、ルックスや雰囲気、それに私たちが何を信じているかも大事だった。

――同時代で交流のあったバンドやミュージシャンは誰ですか?

そうね、RIP RIG AND PANICとかかしら。メンバーのANDREA OLIVERとSEAN OLIVERとはすごく仲がいいのよ。うーん、他はどうかしらね。……あまり思い浮かばないわ。

――ADRIAN SHERWOODとの出会いはどのように、またアルバムをプロデュースした経緯などについて教えてください。

ADRIANはTHE POP GROUPと仕事をしていて……、MARK STEWARTとJOHN WADDINGTONとね。それとTONY WRAFTERはサックスをやるんだけど、ADIRANのレーベル、ON-Uの何かの作品にサックスで参加したのよ。 ADRIANとはブリストルでMARK STEWARTを通じて出会ったの。多分、MAXIMUM JOYをスタートした頃だったと思うから、17とか18歳の頃ね。かなり昔の話になるけど(笑)。

――レコーディングはどのように進行していったのですか? スタジオでは一発録音なのですか? 曲が完成していくプロセスにある一定の流れがあったとしたら、簡単に教えてください。

ひどいことに実はあんまり覚えていないのよね(笑)。確かすごく暑い夏で、イギリスは政治的にまだ不安定で、あらゆる事が分裂的だったわ。レコーディングでさえも分裂的であったと感じる部分があるし。でも結果的には、かなり良い出来になったと思う。それには正直自分でも驚いている(笑)。分裂的であった時の様子はアルバムの中のいくつかの曲にも反映されているの。「WHERE'S DEKE?」という曲の最初には車の騒音とか街の喧噪の音が入っていて、同時の社会の様子を感じることができると思う。
レコーディングは田舎の方に行ってやったんだけど、楽しかった。どこに行ったかは詳しく覚えていないんだけど、サセックスかサフォークだったと思う。泊まり込みのできるレコーディング・スタジオで、ほとんどの曲がレコーディングをするうちに作られていく感じで、とても自発的なプロセスだったと思う。それにレコーディング中のメンバー間の音楽的なケミストリーはすごく良かったの。ADRIANはケーキでいうアイシングみたいな役割で、最高のプロデューサーだと思うし、私だけではなくみんな彼の腕をすごく高く評価しているの。

――バンドの後期には、世界的にヒップホップの波が起こりますが、あなたたちはそれをどのように感じていましたか?

みんなヒップホップが大好きだったわ! 『STATION M.X.J.Y.』は当時人気のあったWBLS(ニューヨークのR&B~アーバン・ソウルのFM局)というラジオ局にリスペクトを示したものなの。ブリストルからニューヨークに行った人達が持って帰ってきたテープを受け取って聴いて、とてもクールに感じて、すごくインスパイアされたのよ。だからこのアルバムは、当時起こっていたヒップホップの新しい波と新しい音楽を打ち立てるパワーを持っていた、このラジオ局へのオマージュなの。

――NELLEE HOOPERが途中参加しますが、彼とはどうやって知り合ったのですか? 彼がバンドに持ち込んだのは、どんな感覚でしょうか?

彼とはブリストルのシーンで出会ったの。彼はMASSIVE ATTACKのGRANT MARSHALLとよくつるんでいて、DUG OUTで出会ったの。ブリストルはすごく小さい街だから、みんなと知り合いになるまでにそんなに時間はかからないの。彼に「もしよかったら一緒にやらない?」って誘ったら来てくれたのよ。それが良い結果に繋がってよかったわ。彼はもっとディスコで現代的な感覚を持ち込んでくれたと思う。パーカッシヴな感じとかね。それに彼は沢山のトラックでバック・ヴォーカルもやっているのよ。

――バンドの活動が終わったのはどうしてでしょうか?

こういうのこそがロックンロールなんじゃないのかしら。バンドというものは極端な可能性を持った人達のミックスだけど、裏を返せばすごい緊迫感もある。そういうプロフェッショナルでクリエイティヴな緊張感の中では個人的な犠牲もでてくると思う。
私は当時、十分な程それを味わって、それが理由でバンドを去る事になったんだけど、……新しい次の素敵なことへ進めるように。全ての素敵なことには終わりがあるってことよ!

――2~3年前に“ディスコ・パンク”が盛り上がって、新しいアーティストと共にあなた達の音楽も再び評価されました。それら新しいアーティストの音楽は聴いてみたことがありますか?それをどう思いましたか?

そういうアーティストのライヴはあんまり観ていないし、そこまで沢山のディスコ・パンクの作品も聴いていないの。YEAH YEAH YEAHSはライヴは見た事がないけど、すごく気に入っているわ。TV ON THE RADIO、彼らもディスコ・パンクだと思うけど。
私が今聴いている音楽のエリアとは違うけど、他のシーンで何が起こっているのかを見るのはいつも興味深いと思う。ディスコ・パンクは違ったシーンの要素が混ざって形成されたと思うのね。表面的に見れば色々なシーンは似た様な感じかもしれないけど、深い所まで注目すれば違うということがはっきりわかると思う。他の新しいアーティストで好きなのは、RUFUS WAINWRIGHT。彼は驚く程才能があると思う。あとは結構色々なものを聴くけど、好みははっきりしているのよね。ニュー・カントリーは大好きよ。
それと、NICK CAVEも好きだし、MARK STEWARTも好き(笑)。それとソウル・シンガーものも結構好きなの。また音楽をやり始めたから、“どうやって曲を作っているのかしら?”って考えながらとか、“何か面白いアイディアを発見できるかも!”って思いながら音楽を聴いているの。

――もし、この2008年にあなたがMAXIMUM JOYを結成した頃の年齢だったとしたら、あなたはどんなサウンドを奏でていたでしょうか? それとも音楽以外のことをしていたでしょうか?

絶対、同じ様なサウンドの音楽を作っていると思う。今作っている音楽にはパンクの要素は入っていないけど、というのも私自身は成長しているし、前に進んでいるからだと思うけど、でも当時と同じ衝動と情熱は入っているわ。物の見方も変わっていないわ。

――メンバーとは現在も連絡をとっていますか? あなたも含め、メンバーは現在何をしているのですか?

TONYは今も音楽を作っている。彼は新しいバンドを始めたの、 TONY WRAFTER QUARTET っていうバンドで、5月にウクライナとロシアをツアーするのよ。ドラマーだったCHARLESはアメリカに住んでいて、多分今もドラムは少しやっているんじゃないかしら。でも今はヨガのインストラクターをやっているの。DANはもう音楽はやっていないと思う。ベースをやっていたKEVIN EVANSは今は園芸家よ。JOHN WADDINGTONももうプレイしていないと思うわ、あ、家では絶対やっているはずだけど。NELLEEはプロデューサーで成功しているわね。

――あなたは現在もブリストル在住ですか? どんな人たちと交流がありますか? 街はあなたにとって今も刺激的ですか?

今はあまりブリストルには行かないのよ。でもきっと今も刺激的な街に違いないと思う。MASSIVE ATTACKは上手くいっていると思うし、PORTISHEADもブリストルで良い作品を作り続けている。MARK STEWARTも時々ブリストルに戻ってレコーディングをしているわ。街も昔とそんなに変わっていないと思うけど、他の街と同じように、以前よりも沢山の人達が集まって街は大きくなってると思う。私は今も昔つきあっていたような友人達とは連絡を取り合っているし、MARK STEWARTとも時々会ったりしているわ。彼は私の良い友達なのよ。

――あなたにとって、MAXIMUM JOYとはどんな存在ですか?

私の中ですごく重要な部分を占めているものよ。馬鹿だと思われないようにこの質問に答えるのは難しいわね(笑)。そう、MAXIMUM JOYは私自身がすごく誇れるもの。
でも次に向けて動きださないといけない。今でも色々な所でプレイされて、人達が楽しんでくれているのはすごく嬉しく思う。きっと今でもMAXIMUM JOYはフレッシュに聞こえるのだと思う。2005年にMAXIMUM JOYの過去の作品をリリースしたのだけど、その時に20年以上も前に作ったものを聴いて、すごく興味深く思ったの。忘れていた所も結構あったけど、何度か聴くうちに自分の中での評価が上がっていったし、まだ新鮮に聞こえるってわかったの。最近、日本でアルバムをリリースする為にマスタリングをしていて、その時にこのアルバムをスタジオで聴いて、最高!って思ったの。私はこのアルバムを心から誇りに思うわ。

MAXIMUM JOY / STATION M.X.J.Y

MAXIMUM JOY
STATION M.X.J.Y.

1982 / 8trks LP / Y RECORDS
※2008年BEAT INKから4曲のボーナス・トラックを追加し初CD化

1. Dancing On My Boomerang
2. Do It Today
3. Let It Take You There
4. Searching For A Feeling
5. Where's Deke?
6. Temple Bomb Twist
7. Mouse An' Me
8. All Wrapped Up
bonus tracks
9. Stretch 12"
10. White And Green Place (extraterrestrial mix)
11. In The Air 12"
12. Why Can't We Live Together
(unreleased version featuring Janine Rainforth & Nellee Hooper Nellee on vocals - mastered from cassette)

BRISTOL: POST-PUNKS DISC SHOP ZERO
MAXIMUM JOY DISC SHOP ZERO

JANINE RAINFORTH (MAXIMUM JOY)
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